第5章 中国人妻をめぐるトラブル[4]
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第5章 中国人妻をめぐるトラブル[4]
既成事実化
書類が不備でも、経歴に嘘があろうと相手と結婚してしまうと、結婚自体は既成事実になることは触れた。
日本人同士でも、学歴詐称で結婚した場合、相手に損害賠償を求められるかは微妙なようだ。専門家の中でも意見が分かれている。
この経歴詐称が、結婚生活に大きな影響があったと証明できれば、裁判を起こしても勝てるが、家庭内のことを証明するのは簡単ではない。
日付けがはっきりしない、記録も残っていない。水掛け論になる。そもそも結婚は学歴や経歴だけを見て決めたのかという論議に発展するだろう。
それでは学歴や経歴詐称を見て見ぬふりをしていたり、そそのかした業者の責任は問えるのか。
これも簡単ではなさそうだ。事前に知らなかったと言えば追及はかなり難しい。
過去には行政的に処分されたケースもある。東京都の例だが、結婚相談所が会員の男性に「東大卒にしておきなさい」と偽経歴を勧め、東京都は都消費生活条例に基づき実名を公表し注意を呼びかけている。
このため、太田さんは、地元の警察や千葉県の消費生活センター、東京・品川にある入国管理局に自分のことを説明に行った。
女性を探し、業者を取り締まってほしいということだった。
民事不介入
まず地元の警察。
「民事扱い」「相談案件」と言われたそうだ。これは、事件として捜査しないという意味だ。問題が家庭内から発生している。男性がいくら「身に覚えがない」と言っても、女性側が「悪意の放棄をされた」「暴力を振るわれた」と言えば、男性が何を言っても信じてもらえない。
消費生活センターでは「国際結婚は相手の出方によって、弁護士を頼むのが一番いい」と言う。
どうしてか。極めてまれだが、女性側がいろいろと理由をつけて男性側に際限なく金を要求するケースがあるからだ。
太田さんは「私は彼女に手を上げていない。彼女が殴りかかってきて、手に負えなかった。嘘は言っていません」と困り果てていた。
入国管理局を訪れた日、外には冷たい雨が降っていた。日本に住む外国の人たちが長い列を作って順番を待っていた。国籍はさまざまだ。われわれの応対に当たった係官は、まだ20代にみえる若者で、太田さんの30分にわたる説明に相づちを打ちながら耳を傾けていた。説明を聞き終わると「こちらとしては、この女性のビザについて監視を厳しくするという方法しか取れません。個人情報に当たるので、どんな処置を取ったかもご連絡できません」と、申し訳なさそうに答えた。国際結婚後、奥さんが失踪してしまい、困った相談に来る旦那さんはけっこういるそうだ。
結論的にいうと、片偽装結婚を制度的に救済するすべはなさそうだ。
帰りの車の中で太田さんは「納得できない」と繰り返した。
その後、弁護士に連絡をつけて自分のことを相談に行った。弁護士の中には、カネにならない男女のもめ事を担当してくれる人もいる。
「騙されたのは自己責任」かもしれない。こういう時中国語では「後果自負」と言う。よく駐車禁止の看板と一緒にこ4文字が書いてある。
こんなとこに駐車して、だれかにぶつけられても知らないよ、責任は自分で取ってくださいよ、という感じだ。
諦めるしかない?
太田さんはその後、弁護士さんと会って、「国際結婚をしたが女性の経歴に嘘があったうえ、業者は責任を取らず、妻は失踪した。業者を民事で訴えたい」ーそう相談したそうだ。弁護士が聞いたのは「相手の業者はお金があるか。裁判をやる価値があるか」だった。
業者は1人でやっており、年間10組を成婚させている。表の手数料は80万円と格安にしている。他に商売はしておらず、金はなさそうだ、そう答えた。
弁護士は「そういう1人で事業をやっている人は、私たちより何倍も頭がいい。対抗できないですね」と答えたそうだ。
どうしましょう、と聞かれたが、わたしも考えていることを率直に言った。奥さんは結婚後一カ月足らずで失踪した。帰らない、日本で働くと言っている。
「連絡もつかないんでしょう。状況を考えるともうあなたの元には帰ってきませんよ。このまま法的な関係を維持しておけば、いつかトラブルに巻き込まれる。思い切って離婚したいと業者側に伝え、反応を見てみたら」
太田さんも同じ事を考えていただろう。「そうですかぁ」と言ったきり数分声が出てこなかった。
「まだ私は彼女を愛しています、気持ちが残っています」
「女性はお金のためなら演技できるんですよ」と私はさらに率直に言った。
もちろん、女性だけに責任は負わせられないだろう。女性側にも言い分はあるはずで、できれば聞いてみたかったが、行方はついにつかめなかった。その後、妻は弁護士を使って正式に離婚を求めてきたため、太田さんはやむなく同意した。結婚から、ここまで約1年半が経過していた。子供を作って、新しい生活を始めるという計画は大きく狂ってしまった。
100万円の借金
宮崎で果樹園を営む福岡充さん(43)は「ここは田舎ですが、農業をやってもいいという独身の女性は見つかりません。本当に困ってネットで見つけた国際結婚相談所に電話をかけたんです」と切り出した。
その業者は、3歳の子供がいる黒竜江省の女性を勧めた。「子供の親権は父親にあるので問題ない」との答えだった。女性には借金はゼロだとも聞かされた。
ネット電話で通訳を介した交際を深め、2009年9月、ハルピンに行き、現地で結婚式を挙げた。その後、日本での婚姻届けに必要な書類が送られてきた。見ると、子供の親権は結婚したばかりの女性側にあると書いてあった。
業者に問い詰めたが「初めて知った」を繰り返すばかり。女性側に聞くと「地元の高利貸しに8万元を借りている。中国側の紹介者に渡した」と告白した。
「私や日本について何と聞かされてきたのか」と聞いた。女性はこう答えた。
日本にいけばお金は自由になるって聞いていた。きれいな家の生活が待っており、中国人も幸せになれるよ。日本人は年間1000万円の収入があるので、100ー150万の借金は小さい問題。すぐ返してくれる。
さらに福岡さんを驚かせる事件が起きた。明けて2010年1月末、大阪の入国管理局から突然電話がかかってきたのだ。「あなたの奥さんが関西空港に着いた。なぜ迎えに来ないのか。あなたと違う人の名刺を持っているし、大阪に住むと言っている」
寝耳に水の話だった。動転しているうちに、また入管から電話がかかってきて「入国在留資格に適合しないので、帰国してもらうことにしました」。
紹介業者は「私の責任ではない。訴えるなら訴えればいい」と居直っている。福島さんは今も、彼女がどうして大阪に行ったのか分からない。
「彼女は私を驚かすためと言っていましたが、あまりに不自然。自分と結婚することにして、入国後にゆくえをくらませるつもりだったのではないでしょうか。なにか仕組まれていたような気がしてしかたありません。困った人間を食い物にしている」と怒りが収まらない。